◯◯様

左手には三浦半島から房総半島の淡い輪郭が海の中に突きだしている。
右手には伊豆半島の東側の海岸線が鋸歯きょし状に沖へ伸びている。
正面には大島が水平線に浮いて見え、遥か手前には、初島がくっきりと見える。
すぐの下には、熱海駅前の雑踏や、小学校のグランドに飛びまわっている子供らの声が、雲雀ひばりさえずるように聞こえる。
龍之介はMホテルのテラスの籐椅子とういすに背をもたせて、身体からだいっぱいに日を浴びて、眼をつむっていた。すぐそばで、ホテルのコックがスポンジボールでキャッチボールをしている音が単調に聞こえる。一月の末だったけれど、ぽかぽかと暖かかった。
ぼんやり眼を開いてみると、すぐそばに山野さんが立っていた。彼女は二十二三の年格好で、見たところ、お嬢さんとも、奥さんともつかなんだ。ホテルでも、この女が何者かわからないと見えて、あたらず、さわらずに「山野さん」と呼んでいた。